自然循環の再生へ
霧立越の歴史と自然を考える会
会長 秋本 治
平成16年は、台風や地震が相次いで日本列島を襲い悪夢を見ているような年であった。日本最南のスキー場がある宮崎県五ヶ瀬町においても、8月末に襲った台風16号により、スキー場へのアクセス道が土石流でズタズタになった。このため今シーズンは災害復旧が間に合わず閉鎖に追い込まれてしまった。日本列島はまさに異常気象続きである。
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近年は、人工林やコンクリートの建造物などで人為的に自然へ負荷を与えていることから災害は更に大きな災害へと被害が拡大している。スキー場のアクセス道の災害も、これまで経験したことの無い土石流が源流域から流木を伴って集落に向かって駆け下り、道路や橋を呑み込み、農地を削り、民家にもなだれ込んだ。
土石流の発生地点を見ると巨大なコンクリートの建造物が落下して土石流を引き起こしたことが分かる。標高1300mの尾根に設置されているスキー場の駐車場は、法面にコンクリートのよう壁を建造し、その内側を埋め立てて造成されていた。その巨大なよう壁がすっぽりと抜け落ちているのである。安定地盤の上に設置されていなかったことが原因と思われるがコンクリートの重量物で押さえ込むという強引な工法に疑問も浮かぶのである。
道路の法面も、コンクリートの吹き付け面が多いが、法面の裏の土は乾燥してもろくなり、時間の経過と共に崩落して災害を誘発している現場を時折見かける。コンクリート面は、雨水が浸透することもなく一気に谷川へ流出して鉄砲水となる。表面は将来とも植物で覆われることもなく、日中蓄熱したコンクリートは夜間に放熱し、付近の気温が上昇して自然界の植生へも影響を与えている。急傾斜地整備事業で家の裏側にコンクリートのよう壁が設置された民家では、冬は寒く夏は高温となって住みにくくなったという。
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かつては、山には山の神がいて、川には水神様がいるので失礼にならないようにしなければならないといった自然への畏敬の念が山の暮らしを護っていた。上り勾配の作業道で谷川を横断するときは、水神様に失礼にならないようにと、川を横断する部分は下り勾配にしていた。今、土木技術は、飛躍的に進歩してコンクリートで自然を制し、谷川でも一定勾配で上るように設計されている。ところが、正確な雨量計算によって設計されたはずの暗渠や橋梁は、人工林地の崩壊等により、流木が暗渠を覆い、林道が川となって予期しない林地で落水する。林地災害の多くは、こうしたことが原因の場合が多い。
このように、コンクリートで固めて強引に押さえ込む工法には違和感を覚えるのである。自然は循環している。林地に降り注ぐ雨は、植物を育て、土中に浸潤し、地下にダムを作って長い年月を経て大海原に注ぎ、再び大気となって大地に返ってくる。こうした自然循環を阻害するほど災害の危険性は高まると思うのである。
近年山村は、このようなコンクリート漬けの景観阻害物が環境を変えてしまった。もっと自然の循環を阻害しない工法があるのではないか。重力で制するより、自然の摂理をもって自然循環を再生する技術は無いのだろうか。そんな思いをしていたとき、グリーンベンチ工法の発案者であるグリーンベンチ研究会の栗原光二氏にお会いすることができた。
グリーンベンチ工法は、法面の重力をアンカーで分散させ引っ張り合う力でバランスを生成する工法である。通気性、透水性にすぐれている。第一、工期が短く工費も安い。しかも自然循環の再生を促しているのだ。このお話を聞いたとき、これまで述べたコンクリート重量物で強引に制する工法に疑問を感じていた気分が楽になり光を見出したように思った。柔を以って剛を制す。地球環境に負荷をかけない万有引力に適った工法ではないか。更に、施工後の被地植物や植樹の選定方法など、それぞれの土地に適合した技術まで一貫した研究が行われればすばらしいと思う。まだ、実績も少なくグリーンベンチ工法の普及には時間がかかるかも知れない。けれどもこの技術の普及が、自然環境を再生する。関係機関のご理解とご支援をお願いしたいものである。