〈特集・観光地の魚食の行方〉

現場から見た観光地需要の現状と今後

「都市と山村の交流」活性化の鍵は自己実現指向に応える企画づくりに

秋本 治(あきもと はじめ)
やまめの里 代表取締役
宮崎県西臼杵郡五ヶ瀬町

“森林理想郷”をめざして
 やまめの里は、九州山地のほぼ中央部、標高700m付近の山岳地帯に位置する。昭和39年よりヤマメの養殖を始め、生産物を都市部に出荷することを主たる業務としたが、昭和50年からヤマメを掲げて都市部から自然を求めて訪れる観光客を誘致しようと地域づくりに取り組んだ。

 初めに養魚場近くの五ヶ瀬川源流の波帰川に区画漁業権を取得し、地域ぐるみで有料釣り場「五ヶ瀬やまめ国民釣り場」を開設した。「やまめの里民宿村」として5軒ほど宿泊施設もでき、当社は茅葺き屋根のレストラン「えのはの家」を開業した。

 次に、九州にあっても雪が多い地帯であることからスキー場開発を思い立ち、昭和52年より現地の気象データを収集、行政や関係機関にスキー場開発の陳情を長年続け、ついに平成2年に五ヶ瀬ハイランドスキー場がオープンした。宮崎県はフォレストピア構想(フォレスト=森、とユートピア=楽園をくっつけた造語で、森林理想郷の意)を策定して周辺の五町村をモデル圏域に森林リゾートを推進している。

 こうして観光地の要素のなかった地域が、冬はスキー、夏は避暑地として観光客の入り込みがみられるようになり、現在15軒の民宿旅館が開業している。以下に例示する「ホテルフォレストピア」は、このよ、な経緯の下に平成元年にオープンした施設である。

 なお、やまめの里は、地域の名称にもなっているが事業体としては、秋本水産有限会社(ヤマメ、イワナの種苗生産)、やまめの里漁業生産組合(ヤマメ、イワナの養殖並びに加工販売)、株式会社やまめの里(「ホテルフォレストピア」、山家料理旅館「えのはの家」)からなる。

 下げ続ける客単価と「ヤマメのシャブシャブ」
 ホテルフォレストピアは、波帰川の渓谷沿いに点在する丸太組工法によるコテージタイプのホテルである。ホテルのコンセプトは「森の迎賓館」とし、周辺の森林形態がブナ帯であることから森林文化の拠点となる施設を目指して、小規模ながら政府登録国際観光ホテルとした。政府登録ホテルは、レストランの要件に洋風スタイルが求められていることから、瀟洒な欧風レストランを目指してフランスからシェフを招聘し、開業した。

 オープン当初は、山奥のフランス料理として話題にもなり、オーベルジュ*1のようにわさわざ都市圏からも料理を求めて山中に分け入って下さった。メニューも1万円〜1万5000円のフルコースが中心となり、フレッシュな高級素材を使用して客単価が上がるほど人気が出たものである。

 しかし、右肩上がりを続けた売上げもバブルがはじけて以降、平成5年頃から次第に客単価が低下してきた。そこでメニューを8000円〜1万2000円の設定に落とした。メニューは通常、中間価格帯が売れ筋となるのだが、次第に最低価格に集中するようになった。このため、ついに価格帯を6000〜9000円とし原価率も50%まで高めてサービスしたが、これも最低価格に集中するようになり稼働率が低下してきた。結果、ピーク時には1億2000万円/年の売上げが6000万/年と50%にまで落ち込んだのである。また、冬期のスキー入り込み客も10万人から5万人を割るようになった。こうしたことから、リストラにつぐリストラを重ねているのが実状である。

 今年はフランス料理を一時中止することとした。代わりに始めたのが、ヤマメのシャブシャブ。「尺やまめ」と称する1kg大に育てた大型ヤマメをシャブシャブで食する洋風シャブシャブレストランをオープンさせた。メニューは1800円〜5000円としている。シャブシャブはバックヤードの経費を非常に低く押さえることができる。今のところ話題となり人気商品になりつつはあるが、依然として厳しい経営環境にある。

 落ち込み少ない「えのはの家」
 ホテル客等の飲食施設としては、上記フランス料理の他に、前述した茅葺き屋根の山家料理「えのはの家」(昭和50年開業)がある。「えのはの家」はヤマメを九州では「えのは」と呼びならしていることからこう呼んだのであるが、炉端を囲むノスタルジアな雰囲気が喜ばれ、宿泊以外のランチタイムもシーズンには賑わっている。ヤマメをメインに山菜やキノコ、猪、鹿などの“森の恵みの料理”とした、会席膳スタイルである。

 メニューは、当初からランチタイム2000円〜3000円、ディナータイム4000円〜6000円としてきたが、ピーク時に1億円/年あった売上げが8000万円を割った。けれども、上記フランス料理に比べるとその落ち込み方は少ない。

 現在はメニュー価格を1000円ほど下げ、ディナータイムは3000円からとしているが、以前は夕食に3000円の料金設定は考えられなかったものである。このように、今日では主力商品の客単価は3000円〜5000円というところに落ち着いている。これに対する原価率は基本的に30%としているが、メニューによっては40%であっても良いとしてサービスに努めている。

 ちなみに、「えのはの家」はプロの板場を置かず、当初より地域のおばさんたちが調理場に立っている。もちろん、料理のコーディネートのサポートはしっかりと行う必要があるが、郷土色を出すにはプロでないほうが良い。低コストの優良店である。

 安定性高い中高年層の需要
 やまめの里では、冬季は若いスキーヤー、夏休みは家族連れの避暑、新緑と紅葉の季節は登山の高齢者グループと、季節によって明確に客層が変化する。その中で特にヤング層のスキーヤーの減少が目立つ。さらにその中で、ヤング層のスキーはバリエーションが多様化し、本来のスキーが減少してファンスキーやスノーボードが急上昇している。一方、家族連れなどの中高年層のスキーヤーの数は比較的安定している。以前スイスのツェルマットにスキーに出かけたところ、圧倒的に高齢者が多いのにびっくりした経験があるが、日本でも熟年高年層に安定してもらいたいものである。

 グリーンシーズンでは、高齢者の登山など自然指向が増加してきた。九州の屋根といわれる背梁山地の尾根伝いに「霧立越」と呼ぶ杣道があり、このコースを歩くトレッキングが賑わっている。霧立越は、かつて車社会以前に馬の背で物資を輸送した駄賃つけの道で総延長は40qほどあるが、尾根伝いの部分12kmを6時間で歩くコースを開発して「エコ・ツーリズム霧立越トレッキング」として売り出した。このコースは標高1400〜1600mの稜線を辿るため、ブナ原生林の真っ只中で新緑と紅葉の季節は特に素晴らしい。「霧立越の歴史と自然を考える会」を結成し、シンポジウムを開いて学びながらトレッキングのガイドもしている。今年で5年になるが、次第に定着してきた。これからが楽しみである。

九州山地は民俗文化の宝庫でもあり、秋の紅葉の季節には週に2日ずつ夜神楽を行っている。お神楽は「えのはの家」オープン当初から続けているが、昭和50年代はお神楽に関心を寄せる人々は少なく、一部の高齢者が昔を偲び懐かしんで観る程度であった。それが今日では、ヤング層に関心が高まっているようだ。熱心に神話の世界に浸っている。

 カルチャー指向に訴求する多彩なイベント企画
 いくつかの事例を挙げてみたが、このように余暇時間の消費はますます多様化してきた。スキーを担いで新宿を歩いて満足したという昔話から、着実に自己実現のためのレジャーに向かっているように思う。

 やまめの里では、この秋もいろいろなイベントを仕掛けている。霧立越やお神楽の他に、新月の夜にブナ林を歩く「闇夜のブナ林ミッドナイトウォーク」、ブナ林の天然自然の食材だけを使った「森の恵みの晩餐会」、専門講師による高山植物現地講習会「白岩山に咲く花を訪ねて」や「霧立山地の植物を学ぶ」ツアー、そして唯一焼き畑を伝承している民家を訪ねる「九州山地の焼き畑文化を学ぶ」、天然蜜蜂の養蜂家を訪ねて、辛いほど甘い天然の蜜蜂を巣ごと食べる「天然蜜蜂の世界を訪ねて」、木挽ノコとチョウナで仕上げた江戸時代の山の上の民家を訪ねる「佐礼の民家を訪ねて」、唯一の狩猟儀礼作法伝承者を訪ねてお話を伺う「狩猟儀礼作法を学ぶ」などである。

 地域と共にある「やまめの里」では、一般的な行楽地や観光地の認識はない。条件不利な地域にあって、まったく無のものから、「都市と山村の交流」を地域との共同作業で作り出していかねばならない大変厳しい経営環境である。したがって、カルチャー指向・自己実現指向の多様なライフスタイルに対応した取り組みが求められている。そしてその中で、縄文時代から続くブナ帯文化圏としてのキーワードを大切にしている。考えてみれば、これもまた自己実現の世界かもしれない。

*1 オーベルジュ:宿泊施設を備えた郊外型レストラン。


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